こんにちは。もみじです♪
一年前の今日、台風15号で実家は崩壊しました…
階段が滝みたいに水が流れてる
昨年の今日、9月9日の朝方。
母に電話がつながったときの、母の第一声。
「階段が滝みたいに水が流れてる…」
耳を疑いました。
屋根がないってこと?って。
2階の屋根瓦が剥がれ、飛んでしまい、雨漏りなどという「ポタポタ」な次元ではない状態…
家の中に雨水がジャンジャンはいってきている…。
母との生活
住めなくなってしまった実家を建て直すまで、母の一時避難場所として我が家に引き取ることにしました。
長男である兄は、過酷なタイトなスケジュールで実家の再建に動いてくれ、母の身柄を預かるのは私の役割となったのです。
87歳の母と40年ぶりに寝食をともにし、実の母娘ならではの「小競り合い」から、一時は大人気なくも私に泣きが入ったことも鮮明に覚えています^^;
自己成長の機会をもらった
母との生活の中で、この歳になってまでいかに自分が親に依存していたかを思い知らされました。
子供のころは、親はお世話をしてくれる人。
出産で里帰りをしたときも、当時は両親揃っていたので、甘えさせてもらった以外のなにものでもなかったし…。
あるときから、その立場が心身ともに逆転していたことはわかっていたのに、24時間一緒にいることで、思いやりを忘れてしまっていました。
母と暮らす毎日、
事あるごとにキャパオーバー。
反省しきりで、心の器を必死で広げていたように思います^^ゞ
母の涙
家の再建には、完成日を優先することで試行錯誤し、費用が多くかかる方の改築を選びました。
兄の人脈を駆使して、ありえないほどの急ピッチで家を再建。
12月28日に母を元の場所に送り届けることができました。
何十年来、見たことがなかった母の涙。
まさか母が泣くなんて思っていなくて、思わず声がつまる私。
横を見ると、目を真っ赤にしている兄。。。
お役目が終わり、いつもの日常に戻ってからも、一緒に手入れした庭のキバナコスモスを見るたびに、当時の溢れるような想いが蘇ります(^.^)。
居場所はなくなったけれど
あの日から今日で一年。
おかげさまで、我が家は穏やかな日々を取り戻すことができ、感謝しつつ、振り返りながら、当時の記事を挟んで整理してみました。
育った家は改築で様変わりし、長男夫婦、その息子へと、いずれ代替わりしていくという、目には見えない将来像。
嫁に出た自分にとっては、「実家」という感覚はなくなりました。
建物や場所ではなく、そこにある想いや、育った部屋の温もりが自分を満たしてくれていたのだと気づき、そこに行くだけで甘えられる居場所はなくなったとう淋しさはありますが、この歳になるまで、そんな場所があった…というのはとても幸せなことです。
そして、
これからの自分に何ができるかを、今一度考えるときだと思っています。
おわりに
一年経つ今も、未だ家の修繕が滞ったまま、辛い日々を余儀なくされている方もいますので、手放しで胸をなでおろしていいか…
想いを馳せる気持ちはありますが…。
災害がもたらす様々な思い。
失ったものと引き換えに得られたものもあったはず。
それは目には見えないものがほとんど。
いずれにしても、私の人生の中で、留まっていたところから前へ進むきっかけをくれたのは確か…と思いたい。。。
最後までお読みいただき、ありがとうございます(_ _)